”real” Emotion -前編- <FFX-2> ノベル:侑史様 イラスト:桜沢綾様
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───つうかさ、変わったよな? ───そりゃあ、いろいろありましたから。 オレがこの世界───スピラに帰ってきた時に彼女へ問いかけたら、笑いながらそう答えたんだ。もちろん、オレも笑ってた。もう二度と戻ってこれないと思っていたこの世界に帰ってこれて。二度と会えないと思っていた彼女に、また……逢えて。 オレも、ひどく嬉しかったんだと思う。彼女と一緒に、海辺からみんなのところへ走りながら、はちきれそうな歓びと一緒に、彼女に向かってこう言ったんだ。 「聞きたい!」って。 彼女の言う、その“いろいろ”を、聞きたかった。 彼女がどんな道を歩いてきたのか、知りたかった。 でも、オレはその時、知らなかったんだ。 ───オレが消えたあの時から、 二年もの月日が流れていただなんて。 ◇
その日の霊峰・ガガゼトは、穏やかだった。 空は遥か遠くのベベルまで見通せる程に晴れ渡り、極北の山中ということもあるためさすがに風は冷たいものの、しかし昔の旅の仲間から手ほどきを受けた黒魔法のおかげで、その冷たさも凍てつくようなそれではなく、険しい山道を歩き火照った二人の体には、むしろ心地いい涼しさを与えてくれるものになっている。 見上げれば空は快晴。目の前には眩いばかりの銀世界。 かつては聖地ザナルカンドへ向かって旅をする召喚士達の試練として立ちはだかっていた厳しい御山も、その度重なる試練の果てに死の螺旋を破ったこの二人の“新たな旅”だけは、温かく見守るつもりのようであった。 「よいしょ───っと」 そう小さく呟くと、ティーダは自らの背丈程もあろう岩を、身軽に乗り越える。そのまますぐ先へ進もうと思ったが、ふと、あとに続く連れのことを思い出し、見下ろしてみると───そこに、何だか嬉しそうに口元に笑みの形を拵えながら自らを見上げる、ユウナの姿があった。 「なに?」 それがあんまり嬉しそうなものだったから、ティーダも思わず笑みを零し、そう訊いてみた。するとユウナはティーダの声に、一層の笑みを浮かべて見せて、首を横に振る。 「ううん。───なんでもない」 ちっとも何でもなくなさそうに、心からの嬉しさを込めてそう答えるユウナの姿に、なんだよ、それと照れ隠しに毒づきつつも、やはりティーダは、愛おしさを抑えきれずにいた。 だが───。 ティーダはすう、と視線を中空へと移す。すると自然と視界に飛び込んでくるのは、平和そのものを象徴するかのような、雄大なスピラの景色。祈り子が消え去り、霧の晴れたこの御山の眼下には、美しい無限の緑が織り成すナギ平原が広がっていた。このガガゼトの高さをもってしても、なおその全てを見通すことのできない平原の広大さに、ティーダはしばし心を奪われてしまう。その光景に歩んできた自分達の旅路を思い返し、彼女と歩んできた微笑ましい時間に頬を緩ませつつ、しかしその反面で、心ならずもその微笑ましい時間とやらに、憂いを覚えてしまうのだった……。 ◇
───時は、少し前に遡る。 ◇
こうした経緯で、“新しい旅”の最終地点───ザナルカンドを目前にしながらも、ちょっとした寄り道をすることにした。 今夜、その“光の衣”を見るのに相応しい野営地を選ぶにあたって、以下のような条件が二人の間に提案された。ひとつ、空のどこに何が起こってもすぐに見渡せるような、高い場所。ふたつ、ガガゼトの厳寒を凌げるだけの空間───ということで、二人は本来の経路とは違う道を辿り、近年に発見され、かつてユウナ達カモメ団もやってきていた山頂の遺跡を目指すことにした。そこはティーダもまだ行ったことがない場所であったため、ガガゼトで起こった出来事を語るには、もってこいの場所でもあった。 「───どうしたの?」 「え。あ……いや」 ガガゼトから見下ろす下界の絶景や、心の内に秘めた想いやらにしばしの間心を奪われていたティーダは、ユウナの呼びかけに我を取り戻す。そうしてふと思い立ったことがあり、自らが昇った岩山とユウナとを見比べて、ティーダは口元から零す白い吐息と共に、その右手をユウナに向かって差し出した。 「ほら、つかまって」 どうして、こんなことに気づかなかったんだろう? ───そう、ティーダは自らを戒めた。かつてガガゼトを登った時、先頭を進むティーダは、足場の悪い場所などでは常にユウナに気を配り、彼女の手を引いて導いてきたというのに。今の今までそのことに気づかず、先へ先へと進んでしまっていたのは───全く、自分の事しか考えられていなかったのだ。 女性であるユウナを気遣って差し出されたティーダの手だったが……しかし、それを見てユウナは首を横に振りながら掌を突き出してそれを柔らかく拒絶し、自信満々、という様に、笑ってみせる。 「だーいじょうぶ───っと」 小さな掛け声を上げると、ユウナはかつての彼女とは見違えるような身のこなしで、ティーダの手も借りず、軽々とその岩場を飛び越してしまうのだった。昔のユウナが静とするなら、今のユウナは動。その大きな変化に呆気に取られるティーダを尻目に、ユウナは岩場に着地を決めようとするが─── 「あ、あれっ?」 勢い余ってしまったのか、思っていたような美しい着地を披露することは叶わず、ユウナはフラフラと少しの間その場で揺れ、最後にはヤジロベーのようなポーズを取って、やっとの思いで静止する。「えーと……」と少し気まずそうに唸った後、ユウナは頬を赤らめながら、ティーダの方へ向き直り、 「かっこいいトコ、見せようと思ったんだけどなぁ……」 と、苦笑しながら、残念そうに舌を出してみせた。だが───瞳に飛び込んできた、その時の彼の様子に、ユウナは思いがけず声を詰まらせてしまうこととなる。 ティーダは、笑っていなかった。 いつもの彼ならば、そんなユウナの様子を見れば、あの太陽のような眩しい笑顔を覗かせていたはずなのに。ティーダは自らが差し出していた掌をじっ、と見つめていたのだ。ひどく、寂しそうな眼で。 ───あぁ───そっか オレ、やっとわかった─── 「───……」 脳裏に浮かんできた、その“答え”に、ティーダは自嘲気味な笑みを浮かべる。苦笑、ともとれるようなその笑顔は、ユウナにぞっとする程寂しい印象を与えることとなった。ティーダは広げていた掌をぎゅっ、と握り締め、彼女の方へ向き直った時───ようやく、彼女のそんな様子に気づいたのか、ハッ、と慌てたように表情を繕い、 「あっ───えーと……悪い、聴いてなかった。…何だっけ?」 と、問うが───言葉を放つティーダ自身にも、それはあからさまに取り繕うだけの言葉に響いたものだから、内心、自らへ向けて舌打ちをする思いでいた。そんなティーダの内情を察したユウナは、敢えてそのことには触れずに、 「ううん───なんでもない。ただ、遠く見てぼうっとしてたから」 と、こちらは自然に見せかけて上手く答えると、ティーダはその言葉を受け、再びスピラの情景を見回した。 眼前に広がる絶景を、たっぷり十秒間眺めた頃だろうか。 ティーダは口元を笑みの形に歪め、ユウナの方へそっと振り向きながら、言ったのだ。 「つうかさ───変わった、よなぁ……」 それは、太陽のような明るさが取り得の彼らしくない冷たさや、寂しさのこもった言葉で、自らに背を向け、再び歩き始めてしまった彼の背に、ユウナは思わず哀しみに似た感情に、顔を歪めてしまうのだった───。 |
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